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東京高等裁判所 平成9年(ネ)3665号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二  事案の概要

一  被控訴人は、株式会社大英管工事(以下「大英管」という。)に対し四億三〇〇〇万円を貸し付けていたが、大英管は平成六年ころから大幅な債務超過に陥り、同年八月分からは右借受金に対する利息も支払えない状態になり、被控訴人に対する右債務の弁済の期限の利益を失った。一方、控訴人は、大英管と営業目的、本店所在地等を同一として、同年一〇月設立された。そこで、被控訴人は控訴人に対し、<1>商法二八条の責任、<2>前記大英管の借受金債務の重畳的引受、<3>法人格の否認を理由に、前記貸金の内金三億円並びこれに対する利息及び損害金の支払いを求めるものである。

二  争いのない事実等(証拠により認定した事実については末尾に当該証拠を摘示する。)

1  被控訴人と大英管との金融取引契約の成立、金銭消費貸借契約の成立、右金銭消費貸借契約の債務の弁済期の到来については原判決書三項一行目から同五頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

2  大英管の経営破綻と控訴人の設立

大英管は、昭和五二年六月一日設立された「ガス配管工事、給排水工事、冷暖房設備工事、空気調和設備工事」を目的とする株式会社であるが、同社の代表取締役は設立当初から今日まで大村勝行(以下「大村」という。)であり、その株式も実質的には大村が全株を所有している。大英管は、昭和六二年一一月二五日、市川工業団地協同組合から市川市塩浜三丁目所在の土地(<地番略>、雑種地一三二〇平方メートル。以下「本件土地」という。)を購入し、同所に事務所・工場(以下「本件建物」という。)を建設し、同所で営業活動を続けてきた(以下、右土地、建物をあわせて「本社社屋」ということがある。)。

そして、大英管は、平成元年八月一日、運転資金を調達する目的でさくら銀行(当時は、三井銀行)行徳支店と極度額一億二〇〇〇万円の根抵当権を本件土地、建物に設定して、同月二日その旨の登記を了し、同行から一億二〇〇〇万円を借り受け、さらに、被控訴人と本件基本合意をし、本件土地、建物に極度額四億三〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同月四日、被控訴人から四億三〇〇〇万円を借り受けた。また、さくら銀行は、右同日、被控訴人の後順位として、本件土地、建物に極度額八〇〇〇万円の根抵当権を設定した。その後、大英管は、平成二年一月三一日には、三銀モーゲージサービス株式会社に対し、債務者を大村として本件土地、建物に債権額七〇〇〇万円及び六〇〇〇万円の抵当権を設定し、またさくら銀行からは同年七月三一日二〇〇〇万円を借り入れたほか、平成三年、四年にかけて数回にわたり計七六〇〇万円余、平成五年一〇月に二二〇〇万円、同年一一月一〇日に二一〇〇万円、同月三〇日に一五〇〇万円、平成六年七月に三一〇〇万円を借り受けるなどして経営を継続してきた(甲一〇、一一、乙一及び弁論の全趣旨)。

ところが、大英管は、平成三年頃から徐々に不況の影響を受けるようになり、平成六年ころには、長引く不況による建築物件の減少と受注金額の下落等により、経営不振に陥り、前記のとおり同年八月分からは被控訴人に対する本件借受金の利息も支払えないような状態となった。そこで、大英管の代表者大村は、大英管の再建策の一つとして、さくら銀行からの融資を受けて再建する、あるいは他社との合併を図ることなどを検討したが、結果としていずれも実現しなかった。

このような状況下で、平成六年一〇月三日、資本金五〇〇〇万円(株主は、日綜機械工業株式会社五〇〇株、日綜産業株式会社三〇〇株、松本淳二〇〇株である(乙一))で控訴人が設立された。控訴人の登記簿上の営業目的は「ステンレス管及び各種鋼管によるガス配管、給排水、冷暖房及び空気調和工事の設計及び施工、ステンレス管及び各種鋼管の加工及び販売」で、大英管の営業目的とほぼ同一であり、本店所在地も、本件土地、建物の存する市川市塩浜三丁目二七番二〇号で、大英管と同一である。また、大英管の従業員はすべて控訴人の従業員として稼働しており、大英管の取締役は、大村の妻である大村倫子を除いて、全員控訴人の取締役に就任し、控訴人の代表取締役には大英管の監査役であった松本淳(以下「松本」という。)が就任し、控訴人設立後の新規受注はすべて控訴人名義でなされており、大英管が受注していた仕掛工事についても控訴人において施工している。

3  本件土地、建物には、平成六年一一月七日東京国税局(債権者大蔵省)による差押登記がされていたが、その後さくら銀行による競売申立てに基づき平成一〇年五月訴外株式会社尾島製作所が一億六三〇〇万円(なお、最低売却価額は一億五一五〇万円である。)で競落した(甲一〇、一一及び弁論の全趣旨)。

三  争点

本件の争点は、1控訴人に商法二八条の責任が成立するか否か、2控訴人が大英管の債務を重畳的に引き受けたか否か、及び、3被控訴人主張の法人格否認の当否である。

右争点に関する当事者双方の主張は、以下のとおりである。

1  商法二八条の責任について

(被控訴人の主張)

(一) 大英管からの営業譲渡

控訴人は前記のとおり大英管の人的、物的設備及び取引関係をすべて流用して営業しており、一方、大英管は控訴人の設立と同時にその営業活動を中止しているのであるから、控訴人は、平成六年一〇月三日設立された時点で大英管の営業譲渡を受けたものである。なお、従業員については大英管の解雇、控訴人の再雇用の形式を取り、社屋については賃貸の形式を取っているが、賃料支払いの証拠もなく、これらは形式にすぎず、営業譲渡と矛盾するものではない。

(二) 債務引受広告について

控訴人は被控訴人をはじめ広く取引関係者に対して挨拶状(被控訴人に送付されたものが甲六号証)を送付しているが、右挨拶状には、大英管の債務を引き受ける旨の文言はないものの、大英管の「設備配管部門を独立させ(る)」旨及び「新会社の社屋・設備・スタッフは株式会社大英管工事より引き継いで運営」する旨の表示があり、さらに、大英管のオーナーであり代表取締役であった大村が控訴人の「取締役会長」に大英管の監査役兼経理部長であった松本が控訴人の「代表取締役社長」に就任する旨の表示もされているのであるから、社会通念上営業によって生じた債務を引き受けたものと債権者が一般に信ずるものというべきである。被控訴人もこの挨拶状により、控訴人が大英管の債務を引き受けるものと認識していたのである。

(三) よって、控訴人は、商法二八条により大英管の被控訴人に対する本件借受金債務について履行の責めを負う。

(控訴人の主張)

(一) 控訴人は大英管から土地建物等の物的設備を取得していないし、取引関係も承継していない。また、控訴人は大英管に対して競業避止義務を負うものでもないから、本件は営業譲渡に当たらない。なお、大英管の仕掛工事は大英管の事実上の倒産の時点で中止され、出来高として残存していたものであり、現に被控訴人は右仕掛工事にかかる大英管の債権を差し押さえて自己の債権回収を行っているのである。

(二) 商法二八条の広告とは、新聞などの一般人が認識できる方法によって不特定多数人に対してなす意思表示であり、本件のように特定の取引先だけに配布された挨拶状の場合は、その広狭を問うまでもなく、それは単なる挨拶状にすぎず、右広告には当たらない。また、本件挨拶状の文面のうち「設備配管部門を独立させ」との点は、日綜産業株式会社(以下「日綜産業」という。)との業務提携の関係によるもので、大英管の業務の一部門について同社と業務提携したという趣旨にすぎないし、「人的・物的設備を引き継いで運営」というのも単に同じ場所で業務運営するというにすぎないのであり、右のような本件挨拶状をもって禁反言の原則に基づく商法二八条を拡張適用することは許されない。なお、さくら銀行は控訴人の設立手続に関与しており、同銀行系列のノンバンクである被控訴人が控訴人の設立を知らなかったということは合理性を欠くし、被控訴人は控訴人の設立後執拗に債務の重畳的引き受けないし債務保証を求めてきたことからすれば、被控訴人自身も本件挨拶状により控訴人が大英管の債務を引き継ぐとは認識していなかったものというべきである。

2  重畳的債務引受について

(被控訴人の主張)

(一) 前記甲六号証(挨拶状)が債務引受の広告に当たらないとしても、控訴人は、平成六年一〇月三日控訴人を設立したことにより、または同年一〇月中旬ころ右甲六号証を被控訴人に送付したことにより、大英管の被控訴人に対する債務を重畳的に引き受ける旨の明示ないし黙示の意思表示をしたものであり、この時点において控訴人と被控訴人との間に明示または黙示の重畳的債務引受契約が成立したものというべきである。

(二) その他右重畳的債務引受契約に関する被控訴人の主張は原判決書六頁八行目から同八頁一一行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

被控訴人の右主張に対する控訴人の主張(反論)は、原判決書一〇頁四行目から一二頁五行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

3  法人格否認について

(被控訴人の主張)

(一) 被控訴人の法人格否認に関する主張は、次のとおり付加するほかは、原判決書九頁一行目から同一〇頁二行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) 会社の支配者

旧会社(大英管)の全株式を所有していたのは代表取締役社長の大村であったが、新会社(控訴人)においては株式は分散された。しかし、控訴人の株式を一部所有し代表取締役社長となった松本は、大村の甥であり、大村の支配の及ぶ人物である。また、日綜産業グループの保有株式も形式だけであり、実質は大村に対するスポンサーにすぎないものと考えられる。大村は、前記挨拶状においても取締役会長とあり、控訴人の実質的オーナー支配者である。

(控訴人の主張)

被控訴人の右主張に対する控訴人の主張(反論)は、原判決書一二頁七行目から同一四頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  大英管が被控訴人に対して、本件消費貸借契約に基づき、本件借受金債務四億三〇〇〇万円の内金三億円及びこれに対する平成六年八月二日から平成七年一月二七日までは年六・九パーセントの割合による利息の、同月二八日から支払済まで年一四・六パーセントの割合による損害金の各支払い義務を負うことは、当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実等に(<証拠略>)によれば、以下の事実が認められる。

1  大英管は、昭和六二年一一月二五日、本件土地を購入し、本件土地上の本件建物で営業活動を行ってきたが、右土地購入費用や運転資金等を千葉興業銀行(右同日極度額三億五〇〇〇万円の根抵当権設定)や三洋ファイナンス(昭和六三年一月三〇日極度額一億五〇〇〇万円の根抵当権設定)等から借り入れていた。本件土地は元市川市の所有であったが、公害防止事業団に譲渡され、市川工業団地協同組合を経て大英管がこれを買い受けたものであるが、市川市の買戻期間を昭和六〇年一二月一七日から一〇年間とする買戻特約登記(本件土地については売買代金一億一二八四万二七〇八円)が付されていたこともあって、右借入金を借り換えるにはその一括返済が必要であったところ、さくら銀行(当時の三井銀行)行徳支店の担当者が大英管に対して借り換えを勧めたことから、大英管は、前記争いのない事実等2記載のとおり平成元年八月にさくら銀行(当時の三井銀行)から一億二〇〇〇万円、及び同行の紹介により被控訴人から四億三〇〇〇万円(元金は平成六年八月から分割支払いとされている)の各融資を受けて、それまでの借入金等約四億円を返済し、残りの一億五〇〇〇万円ほどの運営資金を得ることになった。右さくら銀行が融資した一億二〇〇〇万円は、前記買戻売買代金にほぼ相当する金額であり、これを超える融資については同行は自ら融資することなく、同行の系列の被控訴人に融資をさせる形をとったものであるが、借入手続はもっぱらさくら銀行の担当者が行った。被控訴人らは、当時、本件土地、建物の価格は計七億円を超えるものと評価していた。

2  大英管は、前記争いのない事実等2のとおり平成三年ころからの不況により経営状況は悪化し、被控訴人に対する利息の支払いも平成五年末ないし平成六年始めころから遅れがちとなり、同年七月一八日に同年八月一日までの利息の支払をしたものの、右期日以降の利息や同年八月から始まる元金の支払いも困難な状況になり、被控訴人の催告にもかかわらず同年八月分以降の元利金の支払いを怠った。

大英管の代表取締役大村は、平成二年には本件土地、建物を担保に自らが債務者となって三銀モーゲージから計一億三〇〇〇万円を借り入れるなどしていたが、前記のとおり経済不況と多額の有利子借入債務が大英管の経営を圧迫し、さくら銀行も平成五年六月には大英管に対し、本社社屋の売却による借入金利負担軽減を柱とする再建案(乙二号証は、本社社屋を八億円で売却した場合を想定して作成されている。)を提示し、同年九月には三井グループの不動産会社を紹介するなどし、また、大英管の要請により平成六年七月ころまでは融資に応じていたが、その後はこれ以上の追加融資はできないとしてこれを拒絶するに至った。また、大村は、さくら銀行の紹介による株式会社ニチガとの合併を図ったが、大英管の増資にかかる株式の帰属についての紛議が予想されたことなどから不調に終わり、結局、大村が大英管のメインバンクであるさくら銀行と協議してきたさくら銀行の追加融資あるいは他社との合併により事態を打開する等の大英管の再建策は、平成六年九月上旬ころまでにはいずれも実現不可能となった。なお、右合併の交渉については被控訴人はさくら銀行を通じて了知していた。かくして、大英管は、前記のとおり同年八月以上の被控訴人に対する支払いは不能となり、以後の資金繰りの見通しが立たない状況となった。また、大英管は三〇〇〇万円を超える公租公課も滞納し、平成六年一一月には、東京国税局から本件土地、建物について滞納処分による差押を受けた。

3  大村は、このようななかで日綜産業の代表取締役小野達夫に対しても援助を要請し、結局大英管の配管部門を引き継ぐ形の新会社を設立することになり、平成六年一〇月三日、日綜機械工業株式会社が二五〇〇万円、日綜産業が一五〇〇万円、松本が一〇〇〇万円を出資して、資本金五〇〇〇万円(発行済株式一〇〇〇株)で控訴人が設立された。大英管は被控訴人の設立をさくら銀行に秘していたものではなく、控訴人設立のための株式払い込み手続をさくら銀行行徳支店で行っており、同銀行は被控訴人の設立を事前に認識していた。また、被控訴人も被控訴人の設立をさくら銀行を通じて事前に知っていたものと推認される(被控訴人は、控訴人設立後の本件挨拶状によってはじめて控訴人の設立を知ったと主張しているが、被控訴人はさくら銀行系列のいわゆるノンバンクであり、本件融資そのものもさくら銀行の紹介によるものであり、さくら銀行を通じて大英管の資金繰り等が思わしくなく企業合併等が検討されていることを知らされていたものであることや、被控訴人において平成五年四月に、現在本件貸金の回収業務を担当している営業四部長に就任した三宅宗夫はそれ以前はさくら銀行に勤務していたものであること、そしてなによりも被控訴人自身が本件貸金の回収について深甚の関心を有していたと思われることなどからしても、控訴人の設立を事前に知らなかったとは考えがたい。)。

4  控訴人は、会社設立後程なくして、取引先等七〇数社の関係者に対して二五〇通ほどの挨拶状を送付した。右挨拶状は、控訴人の取締役会長大村及び代表取締役松本の連名で出されているが、控訴人の役員としては大英管側から右大村、松本らが、日綜産業側から鈴木政夫(日綜産業専務取締役)、河村敏之(同常務取締役)、小貫高志(同取締役)が記載され、その本文の内容は以下のとおりであった。

「謹啓 時下益々ご清栄の事とお慶び申し上げます。

平素は格別のご高配を賜り有難く厚く御礼申し上げます。

さて、株式会社大英管工事として十七年間お引立てをいただいておりましたが、この度、建設機材の大手メーカーであります日綜産業株式会社との提携により設備配管部門を独立させ、日綜大英ステンレス配管株式会社を設立する運びとなりました。これを機に、増加いたしますステンレス配管に一層特化し、より高品質・低価格の工事を提供させていただく所存でございます。

新会社の社屋・設備・スタッフは株式会社大英管工事より引き継いで運営いたします。

ここに、株式会社大英管工事に賜りました長年のお引立てご愛顧を心より感謝申し上げますと共に、日綜大英ステンレス配管株式会社に倍旧のご支援お引立てを賜りますようお願い申し上げます。

まずは略儀ながら書中を持ってご挨拶申し上げます。 敬具」

5  大英管は、控訴人の設立に伴い新規の受注活動を停止し、従業員は平成六年九月で全員解雇し、後記のとおり本件土地、建物(本社社屋)や機械設備、車両等一切を控訴人に賃貸し、仕掛かり工事については続行工事を控訴人に下請する形式で完成することとし、事実上清算会社同然となった。

一方、控訴人は、設立と同時に大英管を解雇された同社の従業員をそのまま採用し、大英管から本件土地、建物や機械設備、車両等一切を月額七〇万円で賃借して、大英管の仕掛かり工事を下請の形で続行すると共に、大英管の従前の顧客等からの新規受注を受けて営業を開始した。

6  控訴人設立後、被控訴人は控訴人に対して大英管の本件借受金債務の返済について交渉していたが、大村は新会社(控訴人)の経営状況を見ながら返済についても協議したいが、当面は前記の控訴人から大英管への支払い賃料の範囲で返済するほかないことを了解されたいとの意向であったが、被控訴人は、控訴人による速やかな重畳的債務引受ないし債務保証を求めていた。平成六年一一月一〇日、控訴人と被控訴人は、本件借受金債務の返済について正式に協議したが、日綜産業から派遣されていた小貫取締役が、控訴人の重畳的債務引受や債務保証には強く難色を示し、一部保証の話などもでたが結局交渉はまとまらなかった。

被控訴人は、これらの交渉状況や平成七年二月当時の本件土地、建物の評価額が四億四〇〇〇万円程度であり、被控訴人に優先するさくら銀行の貸金残約一億二〇〇〇万円を控除すると担保割れになることがはっきりしてきたため、大英管の売掛金から回収を図ることとし、平成七年二月及び三月に本件貸金債権を被保全債権、大英管の取引先数社を第三債務者として仮差押決定を得た。

7  その後、同年一二月には市川市の買戻特約期間が満了して右登記が抹消され、さくら銀行は大英管に対する前記根抵当権に基づき本件土地、建物につき競売申立をしたが、その最低売却価額は一億五一五〇万円とされ、結局平成一〇年五月、一億六三〇〇万円で株式会社尾島製作所への売却が許可された。控訴人は、本訴の帰趨を待ちながら本件土地、建物の使用関係については競落人である株式会社尾島製作所との間で交渉することとしている(なお、同社と控訴人との関係については、被控訴人代表者が同社は日綜産業の取引先である旨供述しているが、そのほか両社がどのような関係にあるのかを明らかにするに足りる証拠はない。)。

三  争点1(商法二八条の責任の成否)について

本件挨拶状は、取引先一般に対し広く同一内容の書面を送付したものであるから、これを商法二八条の「広告」に該当すると解する余地がある。しかしながら、右挨拶状の前記記載内容から、同条の「譲渡人の営業により生じたる債務を引き受ける旨」を表示したものと解することはできない。すなわち、本件挨拶状には「株式会社大英管工事として十七年間お引立てをいただいておりましたが、この度、建設機材の大手メーカーであります日綜産業株式会社との提携により設備配管部門を独立させ、日綜大英ステンレス配管株式会社を設立する運びとなりました。これを機に、増加いたしますステンレス配管に一層特化し、より高品質・低価格の工事を提供させていただく所存でございます。」「新会社の社屋・設備・スタッフは株式会社大英管工事より引き継いで運営いたします。」等の記載があるが、前記のとおり、控訴人は大英管の唯一の不動産というべき本件土地、建物の譲渡を受けておらず、売掛金についてもこれを譲り受けたことを認めるに足りる証拠はないし、前示のとおり倒産の危機に瀕した大英管の救済方策として控訴人が設立されたものであることに鑑みると、控訴人において大英管の債務全額をそのまま受け継ぐことはせず、債務引受の限度については債権者との協議によることとしたものと解するのが相当である。現に大村は大英管の本件借受金債務の弁済については新会社である控訴人の経営状態をみながら協議したい意向であったものであり、他方被控訴人も本件挨拶状受領後、控訴人との間で、大英管の本件借受金債務について重畳的債務引受あるいは債務保証をすることを求めて交渉しているのであり、加えて、本件挨拶状は被控訴人の営業一部の担当者である「被控訴人御中・鹿野様」宛てに出されたものにすぎないことなどからすると、被控訴人において、右挨拶状の文言から控訴人が債務引受をしたものと信じたとは認めがたいといわざるを得ない。本件挨拶状の文言は、大英管の設備配管部門を独立させて控訴人会社を設立したこと及び控訴人は大英管の社屋・設備・スタッフは引き継ぐことを示しているにすぎないのであって、本件挨拶状が単なる挨拶状の域を越え、その記載から営業譲渡と共に大英管の債務引受を表示したものとまで認めることはできない。商法二八条に関する被控訴人の主張は採用することができない。

四  争点2(重畳的債務引受)について

被控訴人は、控訴人は平成六年一〇月三日に控訴人を設立したことにより、控訴人と被控訴人との間で大英管の本件借受金債務について重畳的債務引受の明示または黙示の合意が成立した旨主張する。しかしながら、大英管の代表取締役であった大村は前記三のとおり控訴人の経営状態によって大英管の債務弁済も考えていく意向であったことは認められるものの、控訴人自身が当然に大英管の債務を引き受けることを前提にして設立されたことを認めるに足りる証拠はなく(控訴人は、松本の出資を除けば、日綜産業グループの出資で設立されたものであり、松本の出資した一〇〇〇万円についてもその一部は日綜産業から借り入れているものであって(当審における控訴人代表者)、右債務引受等については日綜産業グループの意向を無視して、控訴人の代表者でもない大村の一存で決し得ることであったとは考えがたい。)、また、本件挨拶状が被控訴人主張の重畳的債務引受の申し込みの意思表示を含むものとは認めがたいことは前記三で判断したとおりであり、他には被控訴人の右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。

五  争点3(法人格否認)について

前記認定事実によれば、大英管と控訴人はその営業目的を同じくし、控訴人は大英管の従業員を全員再雇用することでそのまま引き継ぎ、社屋、機械設備等もそのまま大英管から一括賃借りの形で利用し、取引先も事実上そっくり引き継いだものである。しかしながら、控訴人は、倒産の危機に瀕した大英管の再建の方策として、その資本金の大部分を日綜産業グループが拠出して設立されたものであって、大英管とは資本系列を別異にし、控訴人の代表取締役には大英管の監査役であった松本が就任し、大村も取締役会長とされているが、日綜産業からも同社の専務取締役、常務取締役等の役員が控訴人の取締役として就任しており、控訴人設立後の被控訴人との交渉においても日綜産業から派遣されている小貫取締役の意向が強く反映していることは明らかであり、かつ、前示のように大英管の債務については、引き受けるかどうか、引き受ける場合はその限度について債権者と個別に協議していることが窺われること、さらに控訴人は大英管がさくら銀行や被控訴人に対する債務を支払わず、本件土地、建物の根抵当権の実行をされた場合には、特段の事情のない限り営業の基盤を失う関係にあり、大英管のさくら銀行や被控訴人に対する債務弁済については強い利害関係を有していたものであることなどに照らすと、控訴人が大英管の債務を免れる目的で設立されたものとは認めがたい。なお、被控訴人は、控訴人は大英管の代表者大村が大英管の本件借入金債務を免れる目的で設立したとも主張するが、大村は大英管の右債務について被控訴人に対して連帯保証しており、被控訴人の大英管及び大村に対する右借受金債務及びその保証債務の履行を求める請求は既に被控訴人勝訴の判決が確定している。以上の諸事情に照らしてみると、控訴人が大英管とは別個の法人としての実体を欠くものであるとか、実質においてこれと全く同一であるということはできないし、これとは法人格を異にするという実体法上、訴訟法上の主張が信義則上許されないものとすることもできない。被控訴人の法人格否認の主張も採用することはできない。

六  以上検討してきたところによれば、被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないから、これを棄却すべきものである。

よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当でないからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日平成一〇年九月一〇日)

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 裁判官 長 秀之)

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